泣けてしまう
今、人の生死というものに過剰に敏感になってしまってるせいもあるけど、「ほぼ日」に再録されている山本耕史さんのラジオでの談話で泣けてきた。
近藤勇の最期の言葉に何がこもっていたか、香取慎吾が何をこめたかってのが、なんかこう。もう後がないとわかっているそのときに「次は何をしようか」です。香取慎吾=本当に死んでしまう近藤勇ではなく、ただの演じてる役者に過ぎないのだけど、一年間擬似的に生きてきたその人が死ぬときに、その人になりきって考えたことがこれです。
だったら。だったら。と益体もないことを考えてみたりする。いろんな考えが頭を巡る。
「これから死ぬのだ」とわかっていることは、わからないままに死に巻き込まれるのとどっちがいいのだろう。
そんなことを考えているときに、尼崎の列車事故のニュースを聞く。突然の出来事に、当事者の方々、家族の皆さんの気持ちを思うとやりきれない。