せまい脳内行ったり来たり/放浪編

もはや主にTwitterのまとめだったのに、2018年9月で途絶えている…。

みんな違ってみんないい

 子どもの頃からケーキ好き。
 小学生のときに台所に立つ気になったのは、ひたすらホットケーキが食べたいからでした。(ホットケーキが「ケーキ」かを追求しないように)
 おかんが作ってくれるのを待っていたら、次がいつかがわからない! だったら自分で作ればいいのだ、というのが私の発想。それをきっかけにクッキーだ、シュークリームだ、なんだかんだとお菓子を作るようになり、しかしスポンジケーキだけはことごとく負けの出来が続き、15cm型のへしゃげたスポンジを泣く泣く一人で食べたこと数えきれず。子どもが泡立て器で共立ての卵のちょうどいい頃合いを判断するのはむずかしいのであった。
 スポンジケーキだけはその後も全く上達することなく、今日に至るまでも鬼門なのである。
 それにしても、食い意地は料理に対する何よりの推進力であるな。

 ケーキブッフェと聞けば駆けつけてとりあえず味見、がポリシーであったのは、しかし、今は昔。ここのところすっかり食の量が落ち、それとともにケーキに対する貪欲さが急激に薄れて自分でも愕然としています。なんか、生きてる実感が失われていく感じ。老いをしみじみ実感する瞬間です。こんなの私じゃない! とすら思う。思うけれど、身体がついていかないのであった。こうして老後の楽しみが失われていく…。
 何より腹が立つのは、昔ほど食べられなくなってるってのに、それでもやせないどころか太ることだね!(笑)

 ケーキが好きと言っても、私の場合パティシェなる人が作ってるようなちゃんとしたケーキじゃなきゃイヤ! というわけではありません。むしろ凝りまくったケーキよりは素朴系が好みだったり。そして、いわゆるパン屋のケーキでも、あれはあれで好きだったりします。カップケーキに投げやりにデコレーションされた、生クリームではない謎のクリームが使われてるようなのも、それはそれでおっけーです。
 それらはみんなカテゴリが違うケーキなので。デパ地下に入ってる一個400円以上のケーキが目白押し系と二個入りで400円くらいのスーパーで売ってるケーキは、あれは別物としてそれぞれ存在してていただきたい。
 みんな違って、みんないい。勝負の舞台が違うんです。
 でも、最近のケーキはどのカテゴリもレベルが上がってるけども。コンビニのケーキでもそこそこおいしいし。

 なんてことを思ったのは、別にクリスマスだからではなく、職場でとってるお弁当にデサートのケーキがついてきたからなんですね。(クリスマスだから、だけども)これがまた、今時の「甘くなくておいしい」を真逆で行くようなやつで。食べた瞬間、子どもの頃に地域の子供会でもらったカップケーキになげやりデコレーション系の味がしました。ノスタルジックな駄菓子っぽいケーキ。昔々よくあった、バタークリームの白いケーキ、表面がロウみたいな固いナニカでコーティングされていたアレの味です。(ネットで調べたら、昔のバタークリームケーキは、実はショートニングやマーガリンが代用されたクリームでできていたらしい。なので、本当のバタークリームは「あんな味じゃない!」そうです)
「うん、これはこれで、存在に見合ったおいしさである」なんて思っていた矢先、若い同僚が「これはひどいですね…」と苦笑い。なんと彼女はバタークリームのケーキを食べたことがなく、甘さといいべたっと科学的な食感のクリームといい、受けつけないおいしくなさなんだと言う。
 いや、これはこれでこういうものなんでしてね…。
 ってゆーか、バタクリのケーキを知りませんか、あなたは!<驚愕。<大げさとお思いでしょうが、私的にはかなり本気で。
 おばさんはまた、新たなジェネレーションギャップを噛みしめてしまいましたよ…。

 ふと懐かしくなって、あの固いコーティングの量産型白いバターケーキがないものかネットで検索してみましたが、おいしい「本物の」バターケーキしか見つからず、子ども心にも舌触りがちょっと悲しかったロウみたいな食感のケーキは今やすっかり絶滅の気配です。懐かしさのあまり似たようなものを買って帰ったら、子どもにまずーいとしかめっ面をされたというパパの日記など見つかってみたり。
 ホールケーキといえば、基本は生クリームのデコレーション。いつの間にか日本は豊かになったのだった。(今は岐路にあるにせよ)

 おばさんは悲しかったので、件の同僚に「タヌキのケーキって知ってる?」と尋ねたところ、やっぱりこれも知りませんでした…。
 タヌキのケーキ、街の小さなケーキ屋さんによく売られていたものだが。今は使われているクリームも「本物」なんだろうな。