せまい脳内行ったり来たり/放浪編

もはや主にTwitterのまとめだったのに、2018年9月で途絶えている…。

マルコ先生かよ…

 三谷作品のそこそこファンの相方と、それなりに好きな私のために、おかんが朝日新聞のコラムを数本、スクラップして持ってきてくれました。本を買えよ、って気もしますが、「新選組!」ネタなんかは旬なんで。後で読むより今かもね、と。
 飼ってる犬の夢を見る方法(犬が寝てるときに頭に布をかけて犬の夢を吸わせておき、自分が寝るときにその布をかけると同じ夢が見られるという伝承があるらしい。やってみるか?(笑)とか、家のトイレの不調の話とか、例によって三谷アレンジの日常スケッチにただいま一番重荷の仕事、「新選組!」の話題がちらっと混じる。全般にダウナー気味というか、ぶっちゃけ愚痴?な内容がぽちぽち。
 「新撰組」には本業の学者から在野の研究家までスキものがいっぱいいるから、三谷さんもバッシングの嵐になるのは覚悟の上で始めた仕事ではあろうし、見るこっちも「大河枠は保守系の視聴者が多いから、出来がよくてもしんどうそうじゃのう」という予感があった。実際、今年に入ってからあちこちで大人げないほどの大河批判をやる人を見かけて、広く世間にものを発表して暮らしていくのは本当にたいへんだなあと思ってもいた。自分でもサイトをやってて、時折イタタなことを言われるとかなりヘコむから、その何百・何千倍の痛みを背負って仕事をする人は尋常じゃない精神力を必要とするはず。覚悟しててもぽろっと愚痴が出るのは、みっともないって言う人もいるけどやむを得えないかなあ。
 私としては「大河だからこうでないと」とか「これ以外の新撰組はダメ」とか全くないし、ドラマなんで時代考証がっちがちでなくてもいいと思ってるし、「青春群像ものだねえ。後半を思うと胸が痛むねえ」などと楽しみつつ見てるんだけど、こういうのは世間一般的には少数派なんですかねえ。(視聴率が下がってるとか聞くので)
 
 中でも3/18のコラムの内容はなかなか激痛もので、新撰組のマンガを手がける某ベテランマンガ家さんが自分のサイトにかなりきっつーい大河批判を書いておられたとのこと。誰とは書いてなかったけど、そういうのって気になるもんでしょう?今はネットの時代だから、その気になればすぐ調べがつく。
 わっちゃー…。誰かと思えばマルコ先生ですか。とほほー。まあ、条件から想像のつく範囲ではありましたが。
 わたくし、この方のマンガに関しては、デビュー当時からはっきりとファンなんですけど。ご本人の人柄は、ネットでは評判よくないのねえ。心に染みる感動の物語を書く方だからといって、ご本人も人格者だとは限らないのねえ。欠点のない人間はいないんだし、読み手としては作品と作者は別と割り切っていくしかないんでしょうが。
 ってゆーか、ご本人もマンガ始めたときに相当バッシング受けたはずなわけで。その辺、アプローチは違えど同じ対象を手がけるものとして、体験を踏まえて不満はあってもそっとしとくとか、武士の情けのかけようはなかったんだろうかと。

 ちなみに、昨日の「母上行って来ます」は泣けましたですよ。マルコ先生が指摘するような、義母(ふでさん)を見返したいがために近藤勇は武士を目指してたんじゃないとわかりますよ。新撰組って時代に大きな節目を作った、とか、新時代を築いたという集団ではなく、近藤勇もその行動で後世を変えたという人ではないと思うから(なんて言うと、新撰組まにーな人は怒るかもしれないが)、だからこそ毎日をきちんと生きた人、という描写の積み重ねが「ドラマとしては」大事な気がする。

※問題の大河批判文はすでにサイトから削除されてて読めないんですが、そこはネットのこととて三谷さんのコラムともども探せばすぐに見つかります。けど、私がダウナーになったから、ここにはリンクは貼らないです。