せまい脳内行ったり来たり/放浪編

もはや主にTwitterのまとめだったのに、2018年9月で途絶えている…。

サイトのモチベーション

 もしくはブログのモチベーションとして、コメントなり感想をもらいたいなあという気持ちのないオーナーはいないと思う。ぶっちゃけ、私もある。
 似たような気持ち、というか、欲求として、サイトなりブログなりのhit数を上げたいという気持ちもオーナーにはある。これも私にもある。
 ただ、今は「あった」とちと過去形気味。というのも、今年の春以降なかなかネット関係に(私としては)時間が割けない状況で、それでhit数が上がったりコメントをたくさんいただいたとしてもきちんとした対応をする自信がないし、人がたくさん来ればいい方に出会う可能性が増える反面困った人が来ちゃう確率も上がるわけで、それでマズげなことが起きても十分に手が回らない。私くらいの能力では、多少のポカを大目に見てくださる方々に感謝しつつこじんまりやっていく方がいいのではないかと。いや、まあ、hit数を上げる妙策なんちゅーもんはないので(たくさんの方を満足させ得るようなキラーなコンテンツがあるわけじゃなし)、何をどうしようとうちはこのくらいの規模だと思いますが。

 コンテンツ持ちのサイトをやっている場合、感想をいただくというのはもんのすごくたいへんなことです。私の知っているサイトオーナーさんは、みなさんそうおっしゃいます。感想が湯水のようにわいて、とか、掲示板が感想であふれて、なんて方の話はあまり聞きません。一日あたりのhit数が千とか万とかのサイトだったら別でしょうが、概ねの個人のサイトはそんなものでしょう。そもそも「感想を書く」という行為はなかなかハードルが高いですし。だから一通のメール、掲示板の一書き込みがとてもありがたいものなのです。
 なんて書きますのは、その極まれにいただく貴重なメールに「感想のメールなんてたくさんもらっておられるでしょうが」と書く方が、これも稀ーにですがおられるからです。いやー、そんなことはありません。基本、何らかの形で面識のある人以外から感想が来ることは限りなくゼロです。サイトをやるって結構壁打ちみたいなとこがありまして、「個人が楽しみでやってるんだから、サイトという『形』ができただけでもたいしたものじゃないか!」という気持ちでないとだんだんやるのがしんどくなるでしょう。と、安易にブログやってお友だちを増やそう!(もしくは注目されよう、儲けよう)みたいな記事を載せる雑誌を見るたびに思います。
 こつこつやった何かがサイト(とかブログ)という形になった、広いネットの片隅にあるうちにたどり着いてくれた人がいた、それだけで満足。そういう初心を忘れないようにやっていかなきゃだめだなー、とふと思う休日でした。
 ちゅーか、人さまに期待するより先に、ちゃんとサイトなりブログなりの面倒みれよ>自分。中身もなく何を欲張ったことを考えておるのよ。

 ちなみに、とか言いつつ私も人さまに感想を書き送ったり掲示板に書き込んだりということはほとんどしません。根が、こー。理屈ちゃんなもので、シンプルに「よかったです!」とか書けなくて、言葉を重ねるとかえって相手を傷つけるよーな内容になっちゃったりで加減ができんのです。私の場合、黙って去る方がよいような気がするのでした…。