せまい脳内行ったり来たり/放浪編

もはや主にTwitterのまとめだったのに、2018年9月で途絶えている…。

もてない男

 そういうタイトルの新書がありましたがそれではなく、どこぞやのブログで読んで「ああ」と思った。
 もてない男の人はもてる男とどこが違うかというと、相手が自分と一緒に過ごすことを楽しいと思っているか? を考えられる。自分の気持ちや楽しさよりも相手の気持ちに配慮できる、気づかいできる、ってとこじゃないか、というようなことが書いてあって、ああ、そうだよなーと。基本かもしれないけどその基本を忘れちゃうことが多いよなー、と改めて思ったわけです。どれほど見栄えがいい男でも、いつもいつも自分だけが大事な人、自分の気持ちだけを押しつけてくる人だとついていけなくなってしまいます。長いつきあいとなると、見栄えより心づかいが大事というか。
 もちろん、これはもてない女でも言えることだろうけど。<自分に刺さりますな。
 けいさつの人が仕事道具でおんなの人を死なせてしまいました、という例の事件について、いきさつがニュースなどで報道されるたびに「それってストーカーやん」「ちゅーか、そこまで兆候が出ていたなら、なぜ周囲は気がつかぬ…」とやりきれない気持ちにさせられるのですが、中でも見ててもにゃもにゃした気分にさせられるのはなぜこんなにも「相手のことが好きな自分」「こんなに一生懸命に相手を思う自分」から軸がずらせないんだろう…という疑問が頭から離れないせいかも。それが人を好きになるってことですよ、恋は盲目ですよと言われるかもしれないけど、恋愛は一人ではできんのよ。はっと自分を客観できる瞬間、自分の外側に気持ちがいく瞬間がないと、独り相撲になってしまうのではないかと。いや、私ごときがこんなことをえらそに言うのもなんだが。
 それをやることで満足を得る自分の気持ちだけじゃなく、それをされることで相手もまた楽しい気持ちになるかも考えてあげてくださいよう。それができないと先々煮詰まってくるものだし。実際煮詰まってしまったみたいだし。

 亡くなった女性について、あんな看板を映しながら「飲食店勤務」と言い続けるニュースというものに「ううむ」と思わされたり。
 ちなみに新書の「もてない男」はこれ↓。もろ春画の話とかが出るので、はじらう乙女の人とかには勧められない。
もてない男―恋愛論を超えて (ちくま新書)