せまい脳内行ったり来たり/放浪編

もはや主にTwitterのまとめだったのに、2018年9月で途絶えている…。

「ミス・サイゴン」を見る

 諸般のいきさつにより、博多座で公演中の「ミス・サイゴン」を見に行きました。
 翻訳系のミュージカルはいくつめだろう? 「ライオンキング」「オペラ座の怪人」「キャッツ」と四季の有名どころは一応見てるけど、古い日本人としましては、なんちゅーか、こいごころとかをストレートに高らかに切々と訴えるように歌われると、おちりの座りがごにょごにょもじょもじょしてしまうのでございます。翻訳物の場合、元歌は一音に一単語乗せられるところを、日本語にする際に一音に一文字にせざるを得ず、結果歌の情報量がものすごく減ってしまって細やかな心情が盛り込めない難を端から背負ってるしなあ。
 という、ちょい引き気味の気持ちはあるものの、この手の大型海外ミュージカルは舞台装置が派手で工夫満載ですから、そっちは非常に楽しめるのです。「ライオンキング」は、話はまー、アレで日本のマンガ好きとしては眉間にしわを寄せざるを得ないんですが、どんどん変わる高さまである舞台の変化は「さすがエンタメ!」って感じで見応えがある。ので、どっちかというとそれを楽しみに見に行ったのだったり。「ミス・サイゴン」は舞台にでかいヘリコプターだのキャデラックだのが出てくるそうです。
 「ミス・サイゴン」と言えば本田美奈子.じゃなくて。ベトナム戦争時代に村と家族を失って売春宿に流れ着いた現地の少女とアメリカのG.Iの悲恋ものということになってます。可憐なベトナム娘と一夜以上の関係になったもののサイゴン陥落で彼女と生き別れ、引き裂かれる思いで本国へ帰ったG.Iは、戦争がもたらした心の傷と戦いながら新しい生活に踏み出すために別の女性と結婚。一方、残されたベトナムの娘さんは彼の子を身ごもり、その子を生き甲斐に彼の迎えを待ちわびるものの、かつて親が決めた婚約者の従兄弟に結婚を迫られた上に息子を殺されそうになって射殺。バンコクへと流れていくのでありました。
 って、ざっくりあらすじを書くまでもなく、これは「マダム・バタフライ」の舞台替えでございます。だもんで、元ネタのピンカートンがいかがなものか? な男である以上、この話のヒロインの相手役、クリスもあんまりいい男という印象は残しづらく。一応ヒロインを本国に連れ帰る手続きは済ませており、サイゴンを離れる際には彼女を探しまわったものの再会は叶わずって描写はあるんだけども。
 「蝶々夫人」と最大に違うのは、ヒロイン、キムが身を寄せる売春宿のオーナー、エンジニアという男の存在で、狂言回しみたいな役なのにウエイトはかなり大きめ。キャスト表でもクリスより上に置かれてるし、配役も豪華。お調子者で世渡り上手。口先三寸で生きてるような男だけど、彼もフランス人とベトナム人の混血で、アメリカに渡って一山当てる夢を追っている。
 この話に出てくるキムにしてもエンジニアにしても、他の底辺の女性たちも、アメリカに行けば夢のような生活が待ってると思ってる。(と描写される)だから、アメリカへのビザはまるで天国への渡航切符のよう。でも、昨今のアメリカの状況を思えば、「それはまさに夢なのよ…」と言いたくもなったり。
 元々はイギリスで初演された作品だそうで、アメリカ人とベトナム人の悲恋物だけどアメリカどっぷりって雰囲気になってないのはそのせいか、と。二幕物で、二部の開始時には「ブイドイ」と呼ばれるアメリカ兵と現地の女性の間に生まれた子どもたちの保護や親元への引き取り活動をしている人たちのシーンがあるんだけど、一瞬協賛キャンペーンの宣伝が始まったのかと思いました。
 全体に、翻訳物につきまとうセリフ(というか、歌)の情報不足で、主要キャラクタの置かれた事情や心情が今ひとつわかりにくく、ヒロインとヒーローはかなりあっさり恋に落ちちゃうし、気持ちがついていけない部分大。元歌の対訳詩が読みたくなります。原盤ではあの人たち、どのくらい何を訴えてたんだろう、と。
 結末は。うーむ。後味のよくない終わり方だったり。あの幕切れの後にカーテンコールでキャストがにこやかに出てこられると、ちょい違和感があります。あと、連休中日のせいか、意外と子ども連れのお客さんがいたんだけど、のっけから売春宿でビキニ姿のお姐さんたちがG.Iの皆さんとえろっちいダンスをしたりしますんで、気まずくなったりしなかったかと。他にも、全体に女性の肌露出が多い芝居で、奥さんとか彼女とかに誘われて内心「ミュージカルかよー」と気乗りしないまま会場に来たメンズは、ライトな目の保養ができてややお得だったかも。

 舞台は、あの狭い(と言っても、器としてはかなり広めで恵まれた環境だと思うんだけど)スペースで、よくまああれだけいろんなシーンを切り替えで見せていくなあと、その点は見応えありました。特に目玉のサイゴン陥落時の人々の喧噪、基地の柵越しに引き裂かれるヒロインとG.Iというシーンの場面切り替え。これはすごいです。噂のヘリは、まあ、ハリボテだけども。(でも、舞台に出てこられると迫力)「あのタイプのヘリには、あんなに人は乗れないけどね」と相方に突っ込まれていたけども。
 話が話だけに、人に勧められるかというとちょい考える。後味よくハッピーに会場を出たい方は別の演目を選ばれる方がよいかと思います。