せまい脳内行ったり来たり/放浪編

もはや主にTwitterのまとめだったのに、2018年9月で途絶えている…。

なんでひっかるかなあ

 と、報道を見ながら怒っている私はおばさん。ついエラそうなオバサンになってしまったのは、「商品を紹介するチラシの配布をして、購入申し込みがあったらそれに応じたお金を支払いますよ」という甘言をばら撒いて、四億円ばかりを詐欺で儲けたヤツがいた、という事件を見たからです。
 そりゃあもちろん、だますやつが悪い。未だに減らないどころか、手口を巧妙にしつつ生き残ってる「オレオレ詐欺」とか、困っている身内を助けたいという良心につけこむような犯罪は許し難いと思う。
 ただ、こう。今回みたいな犯罪だと、だますほうも悪いけどだまされるほうもどうだかなー?って気持ちになってしまうんです。だって、働いてたら労働力が時間でいくらになるかを毎日のように思い知らされて暮らすわけだから。九州だと、バイトの最低時給は六百円台です。特に何の技能も評価されず、普通に労働した場合、一日八時間働いて、得られる収入は五千円にもなりません。それが数時間で配布しきれるチラシをばらまいて、(申し込みの電話がないといけないとはいえ)数万円の稼ぎができると考えること自体に「働くってことについて、考えが甘くない?」と思わざるを得ないわけで。
 しかも、会員登録時だかに五十万も払うんですよ。データ入力とか、ホームページ作成とか、技能習得後に高収入を約束するタイプのおいしい約束をする詐欺が今までごまんとあったのに。新聞でも注意を促す報道が何度もされてるのに。どうして「うまい話には裏がある」と疑わないのかなあ。簡単に大金が手に入るなんて話は、詐欺か犯罪すれすれの仕事かどっちかでしょう。
 実は以前、昔の職場の同僚に、もしかしてマルチでは?と勘ぐれるような仕事に誘われてるけどやっていいものかと相談されたことがあります。その会社の扱っている商品は、社会的によさそうなうたい文句を掲げていたし、システムもぱっと見「マルチ!」と言い切れるようなものではなかったから、「私はうさんくさいなあと思うけど、自分で『やろう』と判断するのなら、無理に止めることはできないかなあ」とあいまいに答えることしかできませんでした。
 結局その子は仕事をする、と決めたみたいなんだけど。子どもが小さくて外に出て仕事するわけにはいかないから、と言われたら、どうしてもやめろと止めきれなかったです。
 今でもその子から年賀状はくるけど、その仕事をどうしたか、確かめることはできません。年賀状、来るってことは最悪の事態にはなってないはずなんだけど。
 そういう、自分の歯切れの悪い対応に忸怩たるものがあるから、こういう事件があるたびに怒ってしまうのかもしれない。欺瞞ですな。