せまい脳内行ったり来たり/放浪編

もはや主にTwitterのまとめだったのに、2018年9月で途絶えている…。

がんばって早起きしました

 何しろ昨日のメインイベントでへとへと、さらにその後遅くに晩ご飯(つき合ってくれた妹よ、すまん)食べたりしたので、寝たのは三時。
 それで朝九時の開場に間に合うように七時起きって無理でしょう!
 と思ってたけど、目が覚めましたよ! 平日は七時ちょい前に起きる身体のサイクルが出来上がっているらしい。ありがとう、サラリーマン生活!<派遣だけどな。
 とはいえ、目が覚めただけでバテが解消されたわけではなく、従ってでろでろの身体を引きずりつつ妹に一夜の宿の礼を言って出発。東東京と西東京を行ったり来たりなんで、今日もかなりの強行軍ですぞー。と自分に気合いを入れて、まずは上野まで移動。「フェルメール展」のチケットは朝起きた時点でネットで購入済みです。<起きられなかったときにダメになるの対応。上野の駅は、二年くらい前か? 別の美術展を見に来て以来。なので、土地勘もなく人の流れに添って歩いていたら、会場を突き抜けて先まで行ってしまってました…。時間の無駄だ(涙)。あわてて引き返して入場した時でだいたい九時半。特に入り口で引っかかることもなく、アドバイスの通りまずはフェルメールの展示域まで直進しました。この時点で一点あたり20人ついてるかどうかという状態で、ちょっとがんばれば最前列に出られる感じ。なので、絵の脇の解説を読むのは後回しにして、絵を見るのを優先することに。絵を守るためだからというのはわかるけど、照明が暗すぎて大きい絵の上の隅あたりは細かいところがよく見えません。視力に自信がない人だと、解説書きの字も読みにくいかも…。
 特に絵心も絵画の知識もなくフェルメールが好きっというわけでもない私は、単なる好奇心でこの会場に来たわけで、従って基礎知識とかもない状態でして、正直この七点の絵を見たところで「すばらしいっ」とか「名画であるっ」とかという感動はなかったりします。「なるほどー」(<何が?)とか「へぇえー、これがー」というのがせいぜいの出てくる言葉。しかし、もう一度頭から展示を見直して、当時の同世代の絵を見てみると、確かにフェルメールの絵って図抜けているんだなと門外漢にもわかります。技法の使いこなしとか絵の雰囲気が洗練されてる感じ。それから、他の絵と比べると泥臭さが薄くて清潔感があるっぽいところが日本人好みなのかあ。(他の絵には他の絵のよさがあるんだろうけど)あと、現代人から見ると「なんで?」みたいな題材が好んで取り上げられてるのもすごい不思議です。女主人への支払いという題材の絵が作家違いでも数点あったりして、なぜこれが当時ウケたのかさっぱりわかりません。というようなことも含めて、なかなかおもしろかったです。
 門外漢ほど周辺も含めて鑑賞しないとだめなんだなあ。それと、ずぼらせずに少しは作家や時代について勉強してから見ればよかった。と後から思うのであった。
 だらだら会場内を見て回っているうちに時刻は11時。最初にスタートダッシュをかけたおかげで絵の方は十分堪能できたので、そろそろ出るかーと出口に向かってびっくり。入場者が行列しとる…。チケット売り場にも行列ができとる…。よかった、無理して早起きして。実は出しなにフェルメールのコーナーをちらっと見たら、来た時の三〜四倍の混み具合になってて、これだと最前列に出るのはちょい苦労だわとも思ったのです。早起きは三文の徳。
 しかし、日本人、話題作が好きだな。<おまいに言われたくない。

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 ↑もし朝起ききれなくて「フェルメール」無理げだったら見に行こうかと思っていたもの、その一(笑)。

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 ↑同、その二。こういう、「ものすごく高名ですっ」というわけじゃない絵画ってなかなか地方には回ってこないのである。それが時々悔しい。<絵心はないが、見るのは好き。