せまい脳内行ったり来たり/放浪編

もはや主にTwitterのまとめだったのに、2018年9月で途絶えている…。

「ゼロの焦点」、読了

 あのー。新潮文庫版を読んだんですが、この解説サイアクですから。買った人は絶対読んじゃダメ。終盤までのざっくりした展開、特にミステリとしてのキー部分がほぼ暴露されてます。何考えてんだよー。私はわりと解説を先に読んじゃう質ですが、今回はいやーな予感がしたのでざっと眺めて読むの止めてました。よかった、避けといて。平野謙なる人の解説だったら即回避をオススメします。

 この話は警察関係者が大きく関与したり颯爽と名探偵が現れたりしないので、最後まで読んでも「これはこうだったのだー」と作者が正解を出したりしません。事態の真相についても細部はヒロインの推測でしかないというオチですが、これはがっちがちのミステリとして読む話じゃないってことでしょう。
 肝心の謎部分も、これがさすが二時間サスペンスの元祖とイッセー尾形氏が先日のNHKBSの松本清張特集番組で言ったように、劣化コピーな話がなんぼでも出てきてる昨今なもんで、行方不明のダンナの前歴が出てきたあたりでだいたいの犯人と動機が想像できてしまうのです。で、やっぱり想像通りの結末であったと。
 じゃあ、つまんない小説だったかというと、そんなことはなく。時代が半世紀くらい前なんで価値観とか生活感とかが変わってる部分はあるものの、ヒロインの心象はそれなりに共感できる。あと、戦後間もない、私の知らない時代の空気を追体験することもできる。50年でいろんなものが変わっちゃうんだな、というのと、人の心情なんてのはなかなか変わらないんだな、というのを両方読み取ることができます。古い小説を読むと感覚の違いばかり気になることがあるけど、「ゼロの焦点」はその辺が程よくて、さすが松本清張巧の技だなーと思いました。<えらそうですか。
 いやー、奥さん病のときに作った愛人を死後後添いに入れても、このころはあんまり驚いたり不実だと思ったりしないんだなー(^^;)。

 以下、オチに触れる感想とか。
 映画でも出てくる女性三人をメイン押ししているだけあって、ヒロインだけでなく映画で中谷美紀が演じている金沢の地元企業の社長夫人、木村多江演じるその会社の受付嬢と、みなさんそれぞれに芯のあるキャラです。受付嬢は、実は思ったより出番少ないんだけど、曾根さんにかけた情の深さとかかつて世話になった、振り返りたくない過去に関わる人にちゃんとお礼状を出していたりとか、要所要所で人柄をきっちり押さえてある。社長夫人は、今時尺度からすると結婚の経緯にちょっと「?」を感じはするものの(^^;)、知的で気が利く魅力的な女性でヒロインも好感を抱いている。
 でも、ヒロイン以外の二人の女性は、実は戦後米軍兵相手の娼婦をしていた時期があるわけで。
 そして、その過去が犯罪のきっかけになるわけだけど。
 松本清張は、二人のことを堕ちた女だとは書いてない。たまたま時代の巡り合わせが彼女たちをそういう境遇に置いたのであって、今は違う道を歩んでいるのなら過去は問うべきではないと言っている。(この辺の立ち位置はヒロインが正月に見る討論番組、という形で提示されていると思う)
 けれども、当事者たちにとってそれは人を殺しても隠蔽したい過去になってしまう。なぜか。

 新潮文庫版の問題多い解説の中にこんな一文がある。

 ただ良人がかつてパンパンとよばれた女性と一年以上にわたって同棲したことや、自分がその女とみくらべられたことに対する女主人公の潔癖な嫌悪感が、いささかも描かれていないのは片手落ちだろう。
 ね。こんな人がいるから、あの人は人殺しをしなくちゃならなくなっちゃうんです。
 この辺の、世間の差別や偏見が人を犯罪に向かわせるという構造は「砂の器」とかと同じなのですね。
 物悲しいお話です。


 映画の禎子さんの夫役が西島秀俊なのが、みょーに説得力あるような気がする(笑)。
 本多くんの好意が単なる善意、というだけじゃないような、と思い出したら、禎子さんも距離の取り方に悩んだりして、その辺もリアル。
 そんなに一生懸命やったら死亡フラグが立っちゃうよ! と考えてる自分をいかがなものかと思った。